会長挨拶Greetings from the President
第69期会長就任にあたり

このたび、本会の第69期会長を拝命いたしました。ISCIEとの出会いは、今からちょうど35年前、修士論文の内容を初めて学会発表したSCI’90にさかのぼります。発表したのは、当時ISCIEではまだあまり知られていなかった人工神経回路モデルに関する研究で、第2次AIブームと呼ばれた時代のことでした。システム理論、制御理論、情報理論といった正統派の技術とは対照的に、AIはどこか怪しげで、うさんくさく見られていた時代でもありました。それにもかかわらず、本会にはAIやファジィ工学といった新しい領域に挑戦する研究者たちが自然と集まっており、私にとってはホームグラウンドのような親しみを感じる学会でした。このように主流派ではなかった私が、伝統ある本会の会長を務めることになろうとは、当時はまったく想像していませんでしたが、このような展開となった意味を ─こじつけと思われるかもしれませんが─ 改めて考えてみたいと思います。
本会の中核をなすのは、言うまでもなくシステムと制御であり、これらは社会の根幹を支える基盤技術です。ある先生は、社会インフラを支える技術とは、それが社会に深く浸透し、やがて当たり前の存在として意識されなくなるものであると述べられました。実際、システム理論や制御理論は、交通、電力、上下水道、産業、商業など、あらゆる生活の場面を支えていますが、その存在を意識する人はほとんどいません。1990年代以降、ICT(情報通信技術)の急速な進展とともに、システムと制御は社会基盤技術としての揺るぎない地位を確立しました。さらに2010年以降は第4次産業革命の到来により、現実世界とサイバー空間を融合させるサイバーフィジカルシステム(CPS)の高度化と社会への普及が加速。これに伴い、AI、IoT、ビッグデータ解析、自動運転といった技術が飛躍的に発展し、現在の高度情報化社会が形成されました。こうした中にあっても、システムと制御が現代社会の安定性や信頼性を支える重要技術であることに変わりはありません。一方で、社会基盤における「情報」の重要性はかつてないほどに高まりつつあり、われわれは今、デジタルデータにより駆動される新たな社会基盤「Society 5.0」への移行期を迎えています。このような変革の時代において、社会基盤の安定性や信頼性は何によって保証されるべきでしょうか。私見では、それを支えるのは、「情報」の正確性、一貫性、再現性(安定性)、そして完全性を適切に評価・管理する情報セキュリティ技術であろうと考えています。近年の人工知能(AI)の急速な進展は、サイバー空間における情報の正当性に重大な影響を及ぼす可能性があり、実際、AIは社会基盤の安定性や信頼性にも深く関与しうる技術となりつつあると実感しています。第3次産業革命以降に発展してきた社会基盤のシステム設計は、性善説に基づき、その正当性を設計者の良心に委ねてきました。しかし、第4次産業革命への移行に伴い、AIのようなデータ駆動型システムが広く普及し、社会基盤を構成する重要な技術としての地位を確立する中で、こうした技術が「見えなくなる」形で社会に深く浸透することにより、従来のような性善説に基づいたシステム設計が困難になるのではないかと危惧しています。実際、自動運転車やチャットボットによる文書生成に用いられるAIに対するサイバー攻撃により、システムの安定性や信頼性が損なわれる可能性が現実のものとなりつつあり、これが新たな社会的脅威として認識され始めています。
私が本会の会長に就任する機会を得たのは、長年にわたりこの学会をホームグラウンドとして活動してきたことによる、ある意味では偶然かもしれません。しかし、社会がSociety 5.0へと突き進もうとしているこの時期に、本会の会長という重責を担うことになったのは、何か意味があるのではないかと、自分なりに前向きに受け止めています。ISCIE会長として、1年間という限られた任期ではありますが、同じ志を共有してくださる方々とともに、高度情報化社会の要請に即したシステム・制御・情報学会となるよう、本会の方向性を少し軌道修正していくことができればと考えています。歴代会長がこの巻頭言でたびたび言及してきたように、本会の会員数減少は深刻な問題であり、この傾向が続けば、先代の皆様が築き上げてきた本会の潤沢な資産も、近い将来尽きてしまうとの予測があります。少子化が本格化する中で、これからの時代を担う若い世代の関心を引きつける学会とならなければ、このトレンドを止めることは難しいでしょう。理事や各種委員会の委員、そして会員の皆様とともに、新たなISCIEのかたちを模索していければと考えております。